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第40回



- ブルージュの修道院へ-

 南ドイツから今度は北へ向かって走っていきました。最初に訪れた大きな街Stuttgaltシュツットガルトにはメルセデス・ベンツの工場と博物館があります。1999年の旅行の時(No.06参照)にも訪れた場所ですが、今回はメルセデス・バスを運転して来ることが出来ました。

車の歴史の中でも最初期の物。

 館内には世界で初めて作られた車から、昭和天皇が使用した車、F1のレーシングカーまでが、完璧に手入れをされて展示されています。いつでも走行できる状態に保たれているようです。売店でメルセデス・バスの歴史という本を見つけてしまい、かなり欲しかったのですが我慢しておきました。

 さらに北上し、旧西ドイツの首都であったBonn近くにあるBad honnefへ。ここは小さな街で、日本では全く知られていませんがサンダルのメーカーBirkenstockビルケンシュトックの工場がある所です。99年のドイツ旅行時は街まで探しに来たにもかかわらず、見つけることが出来ませんでしたが、今度は車でウロウロして、ついに発見しました。
広大な店内には無数の靴が。

 工場横には直営の店があり、アウトレット商品などが販売されています。品数はとても多く、サイズ別に大量に並んでいます。業者も買い付けに来るようで、ショッピングカートに山のように積んでいました。それだけ値段も安いので僕たちは目を輝かせて品定めをしました。当日は近くの森の駐車場に泊まり、カタログで品定めをしてから、翌日また店を訪れました。この駐車場では朝食準備中、警察の白バイが通りがかり、怪しいと思われて身分チェックをされました。

 ケルンの街を観光してから、ベルギーの北にあるアントワープへ。ここは世界のダイヤモンドの取引が行われる街としても有名ですが、日本ではフランダースの犬の物語の舞台としても知られています。ベルギー人はこのことを知らなかったそうですが、日本人からの問い合わせが多かったこともあり、観光局も力を入れてます。日本語の冊子やネロとパトラッシュの像も建っています。

 アントワープは近年、ファッションの街としても有名です。王立芸術アカデミーを卒業した「アントワープの6人」の、ドリス・ヴァン・ノッテンやダーク・ヴィッケンバーグは日本でもよく知られています。ドリス・ヴァン・ノッテンの店は良い感じだったのですが、ショーウィンドウを見るだけにしておきました。

 街の西を流れる幅300メートル程の川があるのですが、地下を通って対岸へ行けるようになっています。地下30メートルまで木製のエスカレータで下り、600メートルある通路を歩くと対岸のエスカレータへたどり着きます。通勤通学にも使われているようで、自転車に乗って通り抜ける人もたくさんいました。対岸からはアントワープの街を一望することが可能です。

 首都ブリュッセルを観てからブルージュへ。NO.04No.29でも紹介していますが、この街にあるカトリック修道院に祖母の妹が住んでいます。現在は12人のシスターが生活していて、今回はここの為に家具を作らせてもらう為の話し合いを兼ねて訪れました。可能ならば職人試験課題の家具にしたいと考えていました。

 シスター方は事前の手紙のやり取りの中では、とても前向きだったのですが、いざ予算的な話になると雲行きが怪しくなってきました。でも、教会、修道院内を美しく保つことに力を入れていることを聞いていたので、お願いしてもらえる可能性はあると思ってしばらく話し合いを続けました。しかし、残念な結果になってしまいました。

 今回は家具の注文は得ることが出来ませんでしたが、シタラという楽器の台の注文をいただきました。色々と条件が多く、かなり難しく感じたのですが綺麗な物を作るようにしますと約束しました。

 翌日、修道院内の見学もしました。シスター方の生活している建物(禁域)には部外者(特に男性)は絶対に入ることはできません。神父でさえ立ち入り禁止で、何かの修理など、どうしても必要な場合のみ入ることが許されます。僕たちが泊まった客室のある建物とシスター方の生活する建物は隣接していますが、昔は境にある部屋のみで訪問者(例えば家族)と会うことが出来ました。現在はずっと開放的ですが、以前は世俗に出ることは全くありませんでした。

庭への入り口上に設置されている天使の像。

 ボランティア活動などに力を入れる修道会に対し、この修道会は観想会という「神への祈り」が活動の大きな中心になっています。シスター方は料理をする者、畑で働く者、洗濯係のように様々な仕事を担当し、院内で共同生活しています。工作をする為の部屋もあるそうです。しかし現在、彼女たちは皆、高齢になってしまい、自分たちで全てをまかなうということは難しいようです。若い入門者(シスターを目指す者)が激減しているというのも大きな問題だそうです。

 シスターと会うことの出来る部屋には格子が入った窓がついています。厳格だった当時は、この格子を通して話すことになっており、荷物がある時は、お互いが触れることが出来ない作りになっている荷物渡しを通さねばいけませんでした。イメージとしてはヨーロッパの銀行や、両替所の窓口でお金の受け渡しをするのと似ています。
こちらは団体向けの面会室です。大きな格子があり、向こう側が禁域です。

 この格子は訪問客(たとえ両親でさえ)と抱き合ったり、触れたりすることを阻む物でもあり、修道院によっては剣山のようになっているところもあるそうです。朝4時頃から祈りの時間が始まり、修道院と神様のために働きます。世俗との断絶を誓っているとはいえ、強い決心がないと修道女(シスター)として生活していくことはできないのです。このことから感じるイメージとは違い、実際のシスター方はとても明るく、冗談も話す楽しい方々です。少しだそうですが、テレビを見る時間もあるそうです。

 職人試験受験の為の家具注文を得ることは出来ませんでしたが、彼女たちの「神様と共に生活する」日常からはとても多くのことを感じさせられました。院長様から、「あなたの未来とご家族の為にお祈りしていますからね。」との言葉をいただけたのはとても幸せなことでした。

 この翌日から2日をかけてスウェーデンへ向けて走っていきました。高速道路を走りながら、ドイツとオランダの国境を超えようとしたところオランダ警察の白バイが急接近してきて停車を命じられました。パーキングエリア内の即席の検問所でまた身分チェックを受け、今回はさらに麻薬のチェックだと思いますが、ガソリンタンク内も調べられました。旅行中、警察に何度、怪しまれたかことか・・・。もちろん今回も問題無し。

 丸2ヶ月の旅行を終え、カペラゴーデンの部屋のベッドで寝た時には、車内と違い広々としていて落ち着きませんでした。車も、キャンプ道具もたくさん働いてくれ、トラブルはあっても、壊れることはなく無事に旅が終わって良かったです。いつになるか分かりませんが日本でもこのような旅行をしてみたいものです。

 夏の旅行の総走行距離 約9200キロ。
ミカ・ハッキネンが乗っていたマクラーレンのF1カー。
初期の車のホイールは木で出来ていて驚きました。
メルセデスSL。全ての車が完璧に手入れされています。
ドイツ警察の白バイが来るちょっと前。
プラハの街角。正面はドリス・ヴァン・ノッテンの店が入っている建物。
川底を通る地下通路へエスカレータで降りていきます。かなり古いエスカレータです。
手入れの行き届いた綺麗な庭。
修道院の廊下。
以前は面会用の部屋。現在は電話室です。この格子を通して親族と話を交わすことが出来ました。
院内の庭にある小さな四阿(あずまや)。シスターが一人で祈りたい時などに来ます。