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第9回 スウェーデンでの出産。

 5月24日金曜日に僕が工房内で作業をしていると、Kazueが出血があったことを伝えに来ました。出産の前兆だろうと思い、すぐに病院へ電話をし向かう事にしました。出産に備えて入院セットは用意してあったので慌てずに出発する事が出来ました。予定日は27日でした。

検査機器を取り付けて計測中。

 検査室へ通されて、まずは赤ちゃんの心音等のセンサーを取り付け記録をしばらくしました。看護婦さんによると、お腹の赤ちゃんが目覚めると心拍が上がり、眠ってしまうと低めで安定するそうです。確かに数分ごとに起きたり眠ったりの繰り返しで面白いです。

 専門の先生が来るまで待つように言われたのですが、金曜の夜は医者は1人だけで、既に3人の患者がいて忙しく、かなり待たされてしまう事になりました。計3時間。でも、僕たちが思うに1時間は休憩時間だったはず。急ぎの検診がなかっただけあり、超音波検診や内診(今回が初めてでした。)の結果、まだ出産が始まっている兆候はないとの事で帰宅する事になりました。出産がすぐに始まる可能性もあるし、まだ数日かかるかもしれないとの事。

一番右側の計測値が子宮収縮の強さ。

 陣痛が規則的に5分間隔で来るようになったら病院に電話をして来院するように言われました。そして、その日の真夜中に陣痛が来始め、5分間隔になり始めました。しかし、病院へ電話をかけようとしたら携帯電話の残金が足りず、かける事が出来なかったのです。隣室の学生を起こして助けてもらい、午前3時頃に病院に到着。検査機器を繋げると確かに5分間隔の陣痛なのですが、内診ではまだ子宮口が広がり初めていないようで、もっと強い陣痛が来るまで帰宅するように言われました。

 でも、僕はちょっと心配だったのと夜中だったので、可能ならば泊めて欲しいと伝えたらあっさりと許可されて、ベッドをもう一つ用意してくれました。いずれにせよ陣痛はあるので、なかなか寝付けませんでした。僕は陣痛の度に腰をさする係でした。そうするとかなり楽になるらしいです。

 翌朝、朝食を食べてから検査をしました。この時点では陣痛の回数も減っていて昨晩の結論と同じく自宅待機する事になりました。初産なのでなかなか判断が難しかったです。これまでの3回の検査時は全て異なる助産婦さん、看護婦さん、お医者さんでしたが皆、とても感じの良い方達で安心しました。

 ちょうどこの土曜日から僕たちの隣室に住んでいる学生のお母さんがカペラゴーデンを訪ねてこられました。運がいいのか、彼女はスウェーデンの助産婦さん。

 土曜日の晩、またも夜中になってから陣痛が増え始めました。病院へ電話をし、昨夜と同じ助産婦さんと話をしました。彼女の説明によると、まだシャワーを浴びられる余裕がある事、初産だという事から考えると、この陣痛は出産の始めの段階。子宮口が開き始める頃だろうという事で、まだ病院へ行くには早いと思うと言われました。悩みましたが、きっと彼女の経験の方が正しいと思い待つ事にしました。

 7分おきくらいに強めの陣痛が来て、僕が腰をさするとかなり痛みが和らぐようで二人とも全然、寝られませんでした。でも食欲はあるので安心しました。早朝5時に朝食は驚きましたが(笑)。8時くらいになってまた陣痛がひどくなり始めました。でも病院へ電話をしても、また「まだ早い」と言われるかもと思うと判断しかねました。

 ちょうど隣の学生のお母さんが朝食の準備をしにキッチンへ来たのでここぞとばかりに診てもらいました。彼女の印象からするとまだ顔色も良く元気そうだから大丈夫だとの事。病院よりも自宅にいる方が落ち着くよと言われ、なるほどと思いましたが、病院の方が安心な気が・・・

3度目の正直で病院へ行くちょっと前。芝生の上でランチ。陣痛は続いています。

 10分間隔くらいで陣痛が続く中、家の前の芝生で昼食を食べしばらくしたった午後3時頃にふたたび陣痛が悪化。しかしこの時には、隣室の学生親子はエーランド島の観光へ出かけてしまい不在でした。そこで僕たちの担当の助産婦さんの家を訪ねてみることにしました。彼女はカペラゴーデンから徒歩2分の同じ村内に住んでいます。初めて自宅に伺ったのですが、運良く在宅でした。庭の手入れ中でしたが事情を話すとすぐに血圧計等を持って来てくれました。

 その場で内診を行った結果、子宮口が開き始めているから、もう出発して良いよと病院へ電話をしてくれました。さらに陣痛時の呼吸法を再度の確認がてら教えてもらいました。このアドバイスは実際の出産時にとても効果的でした。

 お風呂場はロウソクが数個、灯っているだけです。

 しかし、いざ出発してみるとエーランド島とスウェーデン本土を結ぶ橋が珍しく大渋滞。病院へやっと到着し検査が始まりました。今回は助産婦さんと、さらに助産婦になる為の研修をしている人が担当でした。もちろん即、入院。

 出産が始まるまで2回お風呂に入りリラックス。痛みを和らげるだけではなく、子宮口が開くのを促すそうです。浴室内はロウソクの光だけで落ち着く空間でした。何か痛みを和らげる処置を希望するか聞かれました。両親学級でも勉強していましたが、希望すれば麻酔を打ったり、電気的な刺激を腰に与える器具をつける事が出来ました。

鍼はこの様に眉間に刺してテープで止めました。

 元々は何もしない予定でしたが、この病院では鍼(はり)治療が出来ることが分かり試してみる事にしました。眉間に一本だけ鍼を刺すだけのシンプルな方法でした。治療後、陣痛の強さが平均1割ほど低下しているように読みとれました。

 僕用のベッドを用意してくれて、体力を蓄える為に二人とも寝ているように言われました。果物のジュースなどの水分も数種類くれました。1時間間隔くらいで検査があり、5センチ、6センチとゆっくり子宮口が開いていくので時間がかかるなあと思っていたら、夜中の1時の検査では一気に9センチになっていて、出産の兆候が現れているとの判断で突然、慌ただしくなりました。

 僕のベッドはすぐに片付けられて、準備が始まりました。この時点で助産婦さんは夜の担当に交代していました。落ち着き具合と服の色が異なる事、名札の役職名から助産婦さんのトップの人だったみたいです。研修生は仮眠後にまた戻ってきました。看護婦さんがさらに1人いて、計3人が僕たちの出産を担当しました。普段は2人のようです。

室内のボードに担当の名前が書かれます。

 まだ破水はしていなかったのですが、器具を使って人為的に破水をさせて出産を始める事になりました。その後はまるで戦場のようでした。赤ちゃんが少し動いて降りてくると妊婦に体勢を替えさせるのには驚きました。仰向けだったり、背を立てたベッドにもたれかかったり、その時点で赤ちゃんが出て来やすい体勢を選ぶそうです。

 僕はKazueと一緒に呼吸を続けていました。昼間に言われたように息が乱れても、僕が目の前で正しいリズムで息をしてみせると、正しいリズムが戻ってくるのです。看護婦さんも驚いたらしく、「一緒に呼吸をするなんて、どこで教わったの?」と聞かれ、自分で考えたと答えると褒められました。ベッドには力む為に握れる取っ手があるのですが、さらに力む事が出来るように両足を助産婦さん達の脚に当てて支えてくれました。Kazue曰く、「あれは蹴っていたよ」とのこと。

 両親学級時に見ていた、胎児の頭に刺すセンサーを取り付けました。渦巻き状になった針が先端に付いていて、細長い棒で子宮内に挿入し、頭に刺します。棒をねじると針が上手く刺さるように出来ています。胎児が出て来るに従って、頭の位置が変わるのでその都度、取り付け直しました。これを取り付ける事で直接、胎児のデータを取る事が出来るようになります。出産は母胎にも辛い事ですが、胎児にも大きなストレスがかかっています。

出産後、朝食を食べたらドッと疲れました。

 途中から点滴で栄養を送り、陣痛の合間には呼吸を整える為にも笑気ガスのマスクをしました。3時頃、もう一息の所まで来ても出て来れず、会陰切開をすることになりました。その後はアッというまで5月26日3時17分に出産。赤ちゃんはすぐに母親の胸の上に置かれ、事後処理をした後、僕たち以外は皆、部屋を出ていってしまいました。赤ちゃんの体を拭かないまま、まずは親子だけの時間をくれました。

 次号では出産後3日間、病院に滞在した話を紹介したいと思います。