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第11回 親子3人での生活が始まる。

 スウェーデンの病院で出産後、3日間入院し特に問題ないようなので退院しました。ベビーシートを近所の玩具と児童用品の店で借り、Kazueと赤ちゃんはタクシーで帰宅しました。僕は自分の車で移動し、途中で食品などを購入していきました。

寝かせる状態になっていますが、背を立てることも可能。グリップには羊の革を巻きました。

 この時、僕たちはカペラゴーデンという学校内にある学生寮に住んでいました。最後の3年次も残すところ数日という時期の出産で、出産直前には2002-03年度についての文章を書き上げ、さらに卒業発表会などの仕事が残っていました。出産まで実質3日かかった為にかなり疲れていたのですが、子供と共に病院で3日間ゆっくりすることができたお陰で良い休養となりました。

 校内にはすでに無事出産が終わったとの報が伝わっていて、前号でも紹介した新生児を紹介する病院のHPをプリントした物が掲示板に張り出されていました。皆から"おめでとう"と言われるのはとても嬉しいものでした。早速、ベビーカーを使って校内を巡ろうとしたのですが、地面が土や石の学校敷地内では揺れがひどく、抱いて歩くのが賢明と分かりました。スウェーデンでは大きなタイヤと共に、フレーム全体がバネのようにしなる乗り心地の良さそうなベビーカーが売っていますが、僕たちの持っている物は舗装された都会向けのようです。

赤ちゃん用のバスタブです。

 僕たちにとって一番幸いだったのは、家が校内にあったことと、僕がすぐ近くにいられる事でした。出産直後は全てが初めてなので、とても疲れますが、食事は校内の食堂から持ち帰ってくることができるので負担は少なくすみました。子供の泣き声で隣室の学生に迷惑をかけないかと思ったのですが、全く気にしていないとの事でこれも助かりました。お風呂は共同のシャワー室で入れていて、10日くらいは泣き叫んでいましたが少しずつ落ち着くようになりました。

 日本の育児書にはお散歩デビューは出産1ヶ月後からと書いてあるようですが、スウェーデンでは全く異なることを言われました。帰宅したら翌日からでも外へ行きないとの事でした。「外はこんなに天気が良く、気持ちが良いのだからどんどん出かけるといい。」と言われ、街はさすがにダメでしょと聞くと、「いや、色々な所に一緒に行き、たくさんの物を見せてあげなさい」と言われました。

スウェーデン王室の別荘の庭で、おばあちゃんに抱かれる萌。

 というわけで、生後一ヶ月に満たないうちから散歩にたくさん出かけ、義母がこちらへ来ていた時期には、レンタカーを借りガラス工房や、スウェーデン王室の夏の別荘見学へ出かけました。そのお陰か萌(赤ちゃんの名)は緑を見るのが好きなようです。初期からそうなのですがどんなに泣いていても、外へ連れ出すとピタリと泣きやむのは不思議です。綺麗な空気が分かるのでしょうか。

 おむつ交換など一日のパターンが分かってきた頃、子供のスウェーデン住民登録をしないといけないと思い始めました。さて、どうしたものか?と思って何人かに聞き始めたところ、封書が届きました。そこにはすでにスウェーデンのIDナンバー(生年月日と4桁の数字)が表示されていて、名前が決まったら報告するように書かれていました。提出期限は出産3ヶ月後までというのは驚きでした。大抵の人はすぐに決定するそうです。

 もう一つ、気になっていたのはスウェーデンの児童手当の事でした。僕たちは外国人だけれども申請可能なのかなあと思うだけで、何も手続きを始めていなかったのですが、驚いたことに勝手に封書が届きました。申請書かと思ったら、振込先を連絡せよとのさらに一歩先を行った対応でした。外国人でもスウェーデンに半年以上滞在している場合は申請資格があるそうです。スウェーデンの国籍を得ることは出来ませんが、学生として滞在している者でも児童手当が支給されることが分かりました。

一応、購入しておいたのに全く使うことのなかったおしゃぶり。

 月々、約14000円ほどですが全く期待していなかった僕たちにとってはとても嬉しく、ありがたい収入でした。詳しくは分かっていませんがこの様な手当は10数年間は続くようです。育児休暇を取ることも可能そうですが、今のところは予定していません。この休暇は仕事をしている者であっても半年や一年間(時期や期間などは自分たちで決めることが出来る)の休暇を取ることができ、その間の給料や復帰後のポストも保障されるそうです。

 育児の為の補助となるこれらのシステムは、子育てに両親共に参加できるように考えられているようです。そして子供の為にも親と触れあえるこの時期はとても重要でしょう。


コスタ・ボーダ工房横にあるカフェで。