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スウェーデン木工留学記

ストックホルム編

2003.10.15

第9回 カール・マルムステン校 - 入試そして最初の一ヶ月(後編) -

前回のリポートに引き続き、カール・マルムステン校での最初の実習をご紹介します。

2週目の最初2日間は鉋(かんな)製作実習でした。作業時間は朝8時から夜8時までという集中講義でした。家具製作科だけではなく椅子張り科以外の4つのコースの1年生全員が対象で、鉋の製作をすることで道具の各部の働き、構造を学びます。自分の為の道具を作るというのはとても良い経験になります。


特別講師はマルムステン校を卒業した人で、行程毎に講義を行い製作が進んで行きました。講義時には洋鉋と和鉋の違いの話も行われました。参考書類は彼の書いた物です


鉋刃を押さえる棒です。鉋屑が出やすいようにもう少し形状を削ってしまうこともできます。彼の勧める製作法はとても良く考えられていて、シンプルな行程ではありますが精度の高い物を作ることができます。


底面はとても堅い木であるウェンジュを使用し、本体と側面はナラの木です。一つの角材から加工しているのでねじれなどの変化も極力小さく押さえることが出来ます。


全体をひとまとめに接着をしたところです。


この状態で刃をセットし、試し削り。


各々の好みの形に仕上げる前に帯鋸で大まかに削り落とします。


説明をしているのが特別講師です。鉋の調子を感じ取る為のコツなどを教えてもらいました。


机は片付けられていますが、最後の講義風景。


これは僕が製作した物です。形状は使い込んでみないと良いかどうか判断できませんが、今のところ悪くはなさそうです。


カペラゴーデンでは学校備え付けの備品を使用した場合、その分の経費を支払うようになっていましたが、マルムステン校ではそのようなシステムではなく、ほぼ全ての消耗品を個人で用意しなければなりません。これは50メートルの紙ヤスリを10メートルずつに分けている所です。5人でまとめて購入しました。この時期には購入する物が多く経費がかかりますが、将来もこの分野で仕事をしていく為にも、手を抜くわけにはいきません。ちなみに紙ヤスリは7種の番手(荒さ)を用意するように指示されました。


1年生最初の製作課題が発表されました。マルムステンがデザインした壁に取り付け、大皿などを立てかける為の棚です。とてもシンプルなデザインですが、いかにして綺麗な物を作るかという事を考えると、知るべき事がたくさんあります。この講義では各部、各工程に関しての質疑応答が行われました。


材木屋へ出向き材料の選択、購入から始まります。長さ2メートル半ほどの松を一つずつ見ていきながら材を選びます。木目(もくめ)の緻密さ等、イメージする材を選び出すのは大変です。材木屋の人は「マルムステン校の学生はちょっとしか買ってくれないのに、すごく長く居座るから困っちゃうねー(笑)」という感じで冗談を言っていました。


一人一本ずつ購入した材から今度は木取りです。どの部分を側面にし、棚板にするかを選び、木目が真っ直ぐ通る様にし、心材(赤色が強い)をなるべく避けて取り出すことが理想です。


板の幅を出す為に2枚の板の接着をしています。この写真では2組をまとめて接着中。


木取りの時点で、組み手製作時を想定しておかねばいけないので、パズルのように悩みます。もし、考慮をしないで製作をすると接着面が組み手の外に見えることになりかねないのです。文章だと分かりづらいので、このレポート後半で解説します。


製作最終週の前、一週間(実質3日間)は製図課題でした。この棚の製作の次はマルムステンの机を製作する課題が出ていて、それぞれが選んだ机の図面を元にした製図実習が行われました。まずは紙に描き、フィルム上に製図ペンを用いて描き上げます。


ちょうど2年生はAutoCADの使用法が課題で、前年度に製作した物の作品図面をコンピュータ上で描くことに挑戦しています。テクノロジーをうまく活用できることもこれからの課題といえるので皆、真剣です。ノートパソコンは学校から貸し出されます。


これは僕が描いた丸テーブル。多く生産されたモデルですが、ある船長の為に天板のデザインが変更された特別モデルです。天板には白樺の突き板(薄い板)を放射状に貼ります。1年生の次課題はこのように突き板を組み合わせる事を学ぶことが大きな目的になっています。ちなみにこの図面レイアウトはちょっと失敗で下に寄りすぎています。もう少し上に配置することが理想です。


棚を壁に取り付ける為の真鍮(しんちゅう)の金具です。木の面より少し(0.3ミリくらいが理想)だけ上になるように取り付け、表面をヤスリで削り落とし平面にします。下準備とネジの選定が完璧だとこの様にネジ溝以外は見えなくなります。


ほぼ全ての加工終了後、全体の接着です。マルムステン作品の中では珍しくこの棚は角の面取り具合の指示があるので、接着完了後に紙ヤスリなり鉋、ナイフを使って加工します。


塗装前に下地仕上げ中です。本人次第ですが、傷が全くない状態まで追い込みます。


棚を横に貫く棒の加工中です。他の皆は機械を使って製作をしましたが、僕は鉋を使用して形状を整えていく方法を選択しました。このように作る物は同じでも、行程毎に個人の判断で製作法を決定していきます。側板の曲面を作る作業を例にすると、ある者はフレース盤で、またある者はベルトサンダーで形を整えました。僕は曲面を削る南京鉋(なんきんかんな)で加工してみました。


デーニッシュ・オイルを選択して仕上げの塗装です。目の細かいスポンジを使用して薄く伸ばして塗ります。10分後くらいに余分なオイルをふき取り、乾燥させます。好みによって、2度、3度と重ね塗りをします。


現在2年次の学生の作品です。彼が1年次に作ったマルムステンの机です。次回の僕たちの課題と同じ物で、突き板を使用し模様を作り出しています。この机はチェス用の天板になっていて、板を外すと内部はバックギャモン用の文様になっています。このナイトの駒は洋梨の木から削り出されています。


その彼が作った戸棚の装飾。鷲の頭部を削りだしています。彼の造形力は驚きです。


僕たちの棚製作の締切日(9月25日)夜には、ちょうどデザイン科の2年生主催のパーティが校内で開催されました。マルムステン校の学生の年齢層は広く、僕のように家族を持つ者もたくさんいます。家具製作科1,2年生10人だけでも3人が家族持ちです。僕の息子にも万全の準備(笑)をさせて初めてのパーティへ行ったのですが、2分で泣いてしまい帰ってきました。


僕の完成品を見ながら解説します。いかにして木取りをするかが重要なのですが、材次第ではなかなか思い通りにはいきません。松の赤い部分(木の芯側)は理想では壁側に寄せる様にしたかったのですが、どう考えても僕の選んだ材料では無理だったので、壁側および板の中頃にも赤身を持ってきました。それに合わせて下の板も同じように赤身を2カ所にしています。上下とも3枚の板を接いでいます。綺麗な木目が取れたと思います。

側板との接着面も少し複雑な作りになっている為に接着以前の加工に気を使います。確実な下準備が出来ていないと隙間が空くか、側板に傷を付けながら接着をすることになってしまいます。


その彼が作った戸棚の装飾。鷲の頭部を削りだしています。彼の造形力は驚きです。


製作は木曜日までで、週明けの月曜日に発表、審査が行われました。今回のこの発表はテストを兼ねていて、口頭でのやり取りがなされました。次の課題では筆記試験が行われます。5人分(一つは発表用の机上)が並ぶとそれぞれの微妙に違う仕上げや曲面が見えてきます。


一人ずつ発表です。各工程でどの様な製作法を選んだか、気づいたことや、失敗したこと等を話していきます。発表中に先生から質問が出てきます。


5人ともほぼ完璧に製作できていたのですが、先生による審査が始まりました。かなり細かい所までチェックされます。曲面や面取りが一定かどうかなども触りながら感じ取ります。ちゃんと処理していたつもりでも指摘されてしまったり、逆に考慮をしていなかった部分を気づかれたりもします。オイル塗装後の磨きが今ひとつだというのも彼の指先に感じ取られてしまいます。


材の選択、製作過程から仕上げまで全てに渡り完璧であると判断された場合のみ、カール・マルムステン校の焼き印(CMスタンプ)を押す事が出来るのですが、今回は該当者無し。先生からの講評は「全員、合格だけれどもスタンプをあげられる段階ではまだないと思う。」とのことでした。発表後に2年生と話してみると、去年も誰もスタンプをもらえなかったそうです。なかなか厳しいです。


今回は盛り沢山な内容になりましたがいかがでしたか? 次回でもまたストックホルム生活を紹介したいと思います。


木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

木工留学記

 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!