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スウェーデン木工留学記

ストックホルム編

2003.06.04

第4回 スウェーデンの職人試験

今回はスウェーデンの家具職人資格を取得する為の試験について紹介します。僕が在籍しているカペラゴーデンでは、希望する事で3年次に職人試験への受験をする事ができます。僕は受験をしませんでしたが、受験した者たちは約7ヶ月をかけてこの大きな課題へと取り組みました。

日本では、ドイツの「Meister マイスター資格」が有名ですが、その一歩手前には「Geselle ゲゼレ資格」があります。マイスターは親方を意味し、ゲゼレは職人を意味します。スウェーデンの職人(Gesaell イェセル)資格はドイツの資格と同等の物で、ヨーロッパの様々な国でも実力を証明する物としての効力があります。

職人および親方資格の様な物は、ヨーロッパでは1200年代、スウェーデンでは1300年代に既に存在していました。様々な変化を遂げ、1940年に王立による近代的な資格となり、95年には独立した機関 「Sveriges Hantverksraad スウェーデン手工芸委員会」となりました。様々な種類の職業(例えば美容師、テキスタイル、楽器製作、パン作り、時計職人など)の資格を管理しています。

職人資格を取る為には、まずは専門の学校、もしくは働きながら技術者の元で勉強および実習を3年間積まなければいけません。その後、資格取得の為の申請をし、職人試験を受ける事ができます。試験官により点数がつけられ、基準を満たすだけの成績を収められると合格となります。職人資格は「一定のレベル以上の仕事ができる」ことを証明する資格です。

スウェーデンのマイスター、Maestar資格を取る為には、最低6年(ドイツは5年)以上の経験と会社経営の為の知識(簿記など)が必要になってきます。スウェーデンはそうではありませんが、ドイツでは自分の店を興す為にはマイスター資格は必須要項です。マイスター資格は「独立して職業を営むために必要な知識を持った、経験を積んでいる職人」ということを証明する資格です。

職人もしくはマイスター資格を取得している事は職探し、高給そして顧客を得る為の信用となり得ますが、日本で思われている様に「名人、達人、素晴らしい技術」を持っている事の証明ではありません。それぞれの資格はその分野の仕事を続けていくのに重要な物でありますが、その後の向上は本人の努力次第となります。「○○マイスター」「マイスターが作る」という事を一番の宣伝文句としていても、技術が良いとは限らないのです。

と、ここまでは広い範囲での資格について述べましたが、僕が今回紹介しようと思っているのは少し違うタイプの職人試験です。スウェーデンで家具製作を学ぶ場合のトップの学校の1つであるカペラゴーデンから受験する学生達の仕事は、合格点を狙うというよりも、さらに高得点を狙っていくタイプの物で、新聞記事になった時には「達人(マイスター)的な職人技」と紹介されました。職人試験で合格する為には5点満点の内、最低3点の平均点が必要です。

スウェーデンの家具職人試験を受験する為には戸棚、机もしくは他の家具でもかまいませんが、必ず一定基準を満たしている必要があります。受験者のオリジナル、もしくは過去の傑作(たとえばマルムステンの家具)での受験作品には「引き出し」「手加工による蟻組み」「扉」「鍵」「蝶番(ちょうつがい)」「突き板」「下地処理」「塗装処理」「製図」などの必須項目が備わっているか、もしくは行われていないとなりません。

これらの事を考慮しつつ、受験作品の準備を始めます。カペラゴーデンの基本的なスケジュールでは9月から10月にかけてプロトタイプの製作を始めます。何度も協議を重ね、作り直してはまた考える事を繰り返し、デザインを煮詰めていきます。

11月後半の締め切りに間に合う様に図面を描き上げます。基本的に原寸で描くのですが、A0、A1などの大きさの中に必要事項が全て収まり、且つ、美しくまとめる事が重要になります。金属部品(鍵など)のための図面も必須です。何度も配置の検討や、全体のバランスを検討しながら描き上げます。図面と共に製作工程案も同時に提出します。道具の手入れも含め、製作にどれだけの時間を費やすかを示します。図面の審査の後、点数と共に指示が返ってきます。350時間での製作時間申請をしても「320時間で作りなさい。」と返答が返ってくる事があります。製作予定時間内に完成できることも審査の対象なのでとても重要です。

予定製作時間より1割早く完成出来ると0.5点、2割以上早いと1点が特別に加算されます。時間点は最高で6点になるので、全体の平均を算出する時には有利になります。合格点は3点で、4.5から4.9点は小さな銀メダル、そして最高の5点の場合は大きな銀メダルが授与されます。製作時間内には機械のセッティングなどは含まれません。純粋に製作に関する時間(刃物を研ぐ事も含む)で計算され、250時間から500時間かけて各々が製作を進めます。

年明けから作品製作が始まります。5月始めの検査日が締め切りですが、当日に組み立てが終了すればよいわけではなく、塗装も仕上がっていなければなりません。もし乾くのに3日かかるオイルフィニッシュを選んでいて、2層に塗る計画ならば一週間前には形に成っている必要があるわけです。

5月に検査官がカペラゴーデンを訪れ、検査を行いました。通常、検査および採点はカペラゴーデンの先生、学生全てが立ち退いた中で行われるのですが特別に許可をもらい約4時間の検査がどのように行われるかを見学させてもらう事ができました。検査官、学生からの許可も得ましたので、ぜひ皆さんもご覧下さい。

10時半から始まる検査会場の湿度に合わせて、当日は早朝から最終調整を行います。


製作時と検査時では気温や湿度の影響で木が変化をする為に、引き出しの動きなどが重くなる可能性があります。少しだけ削って抵抗を減らします。


作品と共にこのように図面、必要書類を並べます。図面通りに作品が作られているかも大事な点です。


検査官3人分の採点書類、作品の解説、製作工程案および、合板がどのように作られているかの見本を提示しています。


検査が始まる直前の検査会場です。受験する学生は全てその場から立ち退きます。奥に見えるのはスウェーデン手工芸委員会の旗です。検査開始前に、このヒューミドール(葉巻収納ケース)を例にしていくつかのチェックポイントを見てみましょう。


蝶番(ちょうつがい又はちょうばん)等の金具類。蝶番は木に取り付けた後、金属ヤスリを使用して木の表面と同じ高さにします。ネジ穴もヤスリ加工後にマイナス溝だけが残っているように見える様に加工をします。ネジ頭の丸い部分が溝として出てしまうと減点は大きくなります。既製品でない部品は自分で製作をするか、図面を用意して注文します。


扉や引き出しの境となる隙間も一定の間隔であることが大事です。扉ならば上下左右とも均一に収める必要があります。表面仕上げの塗装(オイルなど)も傷も指の跡も無いように仕上がっている事が要求されます。下地作りがしっかりと行われているかも厳しくチェックされます。


突き板(薄い板)を使用して合板を作るのも課題の1つです。厚さ0.5ミリから1ミリ前後の突き板の合わさる部分は鉋で直線を出し隙間無く加工されています。合板というと安物というイメージがある日本ですが、製作法、使用箇所次第では無垢材よりも優れた物となります。「全てが無垢」が良い家具だとは限りません。


鍵穴は真鍮(しんちゅう)やアルミに加工をします。この鍵穴は四角の板に加工をしていますが、厚さ1ミリほどだけ残し、鍵穴と同じ形状にして埋め込む者もいます。鍵はスムーズに抵抗なく動く事が重要です。


いよいよ検査が始まります。まずカペラゴーデンの先生が検査官達へそれぞれの作品の特徴などを紹介していきます。その後、先生達は退場し、検査官達のみでチェックが始まります。検査官は3人ともスウェーデンのマイスターです。3人ともまずは「手で触る」ことから開始しました。表面の仕上げや角の丸みが安定しているかなどは手で感じ取るのだそうです。全体の雰囲気も見ます。


引き出しのチェックが始まりました。スムーズに動く事が重要です。「羽一枚」という表現をするほど正確な加工を要求されます。この差は湿度変化ですぐに狂うので朝一番に調整をするわけです。


引き出しのチェック法として、上下裏返して出し入れをしてみる事があります。この状態でも同じようにスムーズに動く事は引き出しだけではなく、引き出しの入る相手側の加工もしっかり出来ている事になります。同じ大きさの引き出しがある場合、それらを入れ替えて動作チェックをします。


引き出しの加工精度を見ています。組み手だけではなく接着の確実性や、光にかざしながら隙間が無いかなどを厳しく見ています。


検査官から「これをぜひ撮影しなさい」と言われたシーンです。背後だけではなく下からも全てを見ます。


板枠も重要な項目です。角が45度同士でピタリと重なっているかをチェックします。あらゆる部分の加工精度が彼らの目に留まります。


この戸棚は左の扉を閉めてから、右扉を閉めて鍵をかけるようになっています。この状態で左扉を押し、浮いていないかを確認しています。扉がねじれない様に加工をし、取り付ける技術を見ます。もちろんある程度のねじれが出てしまっても、それをうち消せる加工が求められます。


良い引き出しかどうかを確かめる為に、端を指一本で押すという方法があります。皆さんも経験があると思いますが、隙間が大きくガタがあると、引っかかってしまいスムーズには動きません。ちゃんと製作されている場合、吸い込まれる様に動きます。


葉巻の入る箱のチェックをしています。彼らの検査法はまずは全ての扉だけを見て採点し、次は引き出しを見て回るという様に他の作品とも比べながら採点をしていきます。


これは木の交差箇所や継ぎ手の加工精度を見ています。製作した本人にとってはとても緊張する写真でしょう。


引き出しの組み手は手作業が要求されます。この作品の場合は引き出し前面が曲面になっている為に、平面の場合以上に確実な仕事を求められます。


採点は各項目5点満点で、0.1点刻みで記入されます。彼らが言っていた言葉には「とても綺麗に出来ているね。うーん、でも100パーセントではないな。4.8点。」「良いけど完璧ではないわね。4.9点。」というように非常に厳しいものでした。


検査官も言っていましたが今年はいつにも増して各項目に最高点の5点が連発しました。5人中、3人が平均4.96点を上回り「5」の最高評価を得ました。


今回、200枚近くの写真を撮影しましたが、それだけではなく、採点や話を聞く事等、全ての過程がいずれ職人試験を受けようと考えている僕にとって、学べる事がとても多く、良い経験となりました。

スウェーデンではドイツとは違い、職人もしくはマイスター資格がないと仕事が出来ないという事はないようですが、それまでに自分自身が学んできた事を一年近くかけて挑戦する場としては素晴らしいと思います。

ドイツでは自分の店を興す為に、必ずマイスター資格が必要です。例えば、パン屋さんを始める為にはパン作りのマイスター資格を所有せねばいけません。マイスター資格がない限り、雇われる側として働くしかありません。しかも厳しいのは「一生に一度」しか受験を出来ないということ。極端な言い方をすれば、合格出来ない者はその職業には向かない者と言えますが、冷静に考えてみるとちゃんと勉強をすれば、誰にでも受かる事の出来る物だとも言えます。そうでなければドイツの産業は成り立ちません。

日本と異なり、とても充実しているヨーロッパの職業教育は素晴らしいと思います。スウェーデンでも中高生の時点で興味のある分野の現場で職業研修をする事が出来ます。色々な職を経験し、自分に向いている物を探し続ける事が可能で、色々なことに挑戦出来るわけです。

資格は重要な通過点です。でも、それがゴールではありません。資格を取得後、さらに試行錯誤、努力を重ね技術を極める人もいれば、商才を伸ばす人もいるでしょうし、それで満足してしまう人もいると思います。僕の今後はどのように進むかは全く分かりませんが、向上心を持ち続けられるようにしたいと考えています。

僕の父はドイツのオルガン製作マイスター資格を持っています。今回は今まで聞いてきた事などを織り交ぜつつ、スウェーデンとドイツの資格制度を比較しながら書いてみました。父の印象からするとカペラゴーデンの作品レベルはドイツのマイスター試験並のようだそうです。それぞれの国、職種で細かい内容は異なるはずですが、手作業の伝統、技術の維持をする職人制度の世界を知っていただけたら嬉しいです。

ちなみにドイツの運転免許試験は3回までしか受験出来ません。合格出来ない場合、車を運転する事は一生出来ないということです。

それでは、ヘイドー!(スウェーデン語でさようなら)

* 父のウェブサイトに ドイツのマイスター資格について記述しているページがあります。

木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

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 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!