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スウェーデン木工留学記

ストックホルム編

2003.11.05

第10回 第2製作課題 - マルムステンの机(前編)-

こんにちは、須藤 生です。マルムステン校での生活も早くも2ヶ月が経ちました。10月26日からは冬時間になり、長い冬の訪れを意識してしまいます。さて今回も前回に引き続き、学業レポート形式でこの一ヶ月間の紹介をいたします。

ひょっとしたら気にされている方もいらっしゃるかもしれませんが、このJDN上での校内写真や学業の公開をする事は、学校の先生、校長からの了承を受けています。彼らもとても前向きに考えてくれているようです。

前回のレポート最後で紹介した第1製作課題の発表が終了した後、すぐに次課題の為の講義が始まりました。冬休み明け初日が締切日の第2製作課題は、マルムステンの机です。条件は突き板(薄い板、ベニヤ)を使用して、模様を作るようにデザインされている物、となっています。マルムステンの作品ファイルの中から、各々が気に入った物を選び出しました。条件に合う物はソファーテーブルや、ボードゲーム用の机(例:前号で紹介したチェス用のテーブル)でした。

僕が選んだ物は、マルムステンの代表作である丸テーブルの特注モデルです。天板の模様が通常モデルよりも複雑になっています。それでも僕は、他の皆が選んだ物よりも負担が少ないと感じました。年末年始に妻子と共に一時帰国を考えているので、製作が長引いて年末返上になるのを避ける事も目的でした。実際はそうではなかったのですが・・・

まずは様々な材種の突き板見本を見ながら、良く知っている木から初めて見るような珍しい物まで確認しました。そして、突き板を使用してどの様に製作を進めていくかの説明がありました。5人とも作る物は異なりますが、突き板の基本的な扱いは同じです。日本では合板、ベニヤは安物というイメージが大きいのですが、実際は作り方、使用法次第では無垢材とは異なる長所を持っています。


翌日は各々の製作課題の中から、皆が知っておくべき製作技術について講義が行われました。今回は3人の学生が長方形の天板を持つ机、そして僕を含めた2人が丸テーブルを作ります。この日の夕方には、学校が入っている同じビル内にあるケーキ店の講演会がありました。様々なチョコレートの試食会も行われるとの事で、学生達の中にはチョコで頭がいっぱいの人もいたかもしれません(笑)


ビル内には1階にギター製作科と家具修復科、3階に家具デザインと家具製作科、4階に図書室と事務所があり、5階に家具座面張り科が点在しています。全ての部屋へ入る為には専用の鍵が必要で、持ってくるのを忘れてしまうと非常に不便な思いをすることになります。この写真は3階にある学生用の食堂。ちょっとした料理ならば作ることが出来るだけの設備があります。僕は節約も兼ねて常に弁当持参にしています。お陰で周囲にいくつもあるらしいレストランの事は、全く分からないままです。


数年前まで家具製作科の学生達が作っていた収納戸棚を、図書室の壁に取り付けました。この戸棚は注文を募り、研修旅行などの資金とする為に製作していたそうです。効率よく作業をする為に、それほど高度な作り方をしていませんが、それでも幾つかは面白いアイデアや仕掛けがあり感心しました。右上は工具を収納する戸棚です。


製作をどの様に進めるかの工程表を各々が書き出して提出します。他の皆は家具製作科の部屋で工程を考えましたが、僕は図書室で辞書とコンピュータを使用しながら書きました。コンピュータ室のウィンドウズでは設定変更が禁止になっているのですが、ここのマッキントッシュは設定変更が可能な状態だったので日本語入力を出来るようにしました。お陰で、製作工程表を書く退屈な時間もメールチェックや、インターネットを見て楽しむことが出来ました。もちろん一番使用したのはネット上の英語-スウェーデン語辞書です。

このiMac用にコンピュータ用の椅子が用意されていたのですが、すぐ近くに置いてあるグスタビアン様式の椅子を使ってみました。校内には様々な椅子があるので、色々な物を試してみることにしています。グスタビアン様式は1700年代後半のスウェーデンの芸術様式です。


クロッキーの時間も始まりました。週一回のペースで、半日ほどの時間が割り当てられています。毎回、異なるモデルを1分で素早く描いたり、15分くらいかけてじっくり描きます。もちろん皆は絵が専門というわけではないのですが、担当の先生が学生達へアドバイスを与えます。正しいバランス感覚やモデルの体の傾き、線などを読みとる事を重視しています。


合板の心材となる松です。通常の家具向けの材よりも高い乾燥措置が施されている材を、この様に同じ厚みの角棒に加工します。お互いは接着せず、端をテープでまとめて留めるだけにします。


僕の製作する机は、図面をすでにオリジナル図面のコピーから描き終わっていましたが、オリジナルの状態がかなり悪かった為に幾つか不明な点が残っていました。特に天板の木目の取り方や材種が判別できませんでした。そこで、2月に僕個人で訪れた事のあるマルムステン財団へメールを送ったところ、資料倉庫の閲覧許可をもらうことができました。


写真を見ても驚きますが、これよりも遙かに多くのマルムステン関連の写真、書籍、スケッチ、そして全ての図面が保管されています。なかなか信じがたいのですが、マルムステンは1,000とも2,000とも言われるほどのデザインをしていて、完全なるデータ整理は未だに終了していないそうです。現在は3社しかありませんが、当時はロイヤリティーを支払ってマルムステンの家具を製作販売している会社がたくさんありました。マルムステンはそれぞれの会社用の家具などをデザインするだけではなく、個人団体向けの特注家具のデザインもこなしていました。いつ寝ていたのか不思議ですが・・・


資料倉庫から取り出してもらった図面を見ると、僕が考えていたものと異なる部分がありました。当初、考えていたのは中心から放射状の木目になるように突き板を並べる(その後にリングの溝を加工)ということだったのですが、実際はリングを境に木目が交差する方向へ向くように図面は指示していました。


中心角15度の白樺の突き板を、一面に24枚の並べます。裏側にも同じように24枚の突き板を貼らねばなりません。

完璧(に近い)加工をする事を考えると、当初の考えよりもずっと難易度が高いことが判明しました。5人の中でもある程度は時間の余裕を持って作業が出来ると考えていたのは覆され、一番難しいのではないか、という状態になってしまいました。調べに行かなければ良かったかも(笑)


翌日、先生と検討をし、数日後にこの加工の為の講義がもう一度、行われました。ここで先生は「いくる(僕の名前です)がやらねばいけない加工はとても興味深いから要チェックね」という感じで皆に言い、僕は「プレッシャーかけないで(笑)」と答えました。とりあえず松の心材に接着する前に、アバチ材(1.5ミリ)と白樺(0.8ミリ)の突き板の準備を始めました。鉋をかけた断面を接着して、大きな一枚を作り出します。


僕はカペラゴーデンにいた時にも同じように突き板の扱いを学びましたが、マルムステン校では全く違う方法を採用していました。カペラゴーデンなどで行われる通常の方法は“デンマーク式”らしいのですが、これは“マルムステン式”なのだそうです。結果は同じになりますが、マルムステン式の方が明らかに速く確実に作業が進むので、目から鱗の体験でした。接着がうまく出来ていると、写真のように接着面は木目の変化でしか判別できないほどになります。


突き板の余分な部分を大まかに切り落とすには、彼女のように鉋の刃やナイフ、もしくは突き板用の鋸を使用します。


心材である松の動き(木がねじれたり、そったりする事)を止める為に、まずアバチ材(もちろん他の材でも良いのですが、見えない部なので安い材が効果的)の突き板を貼ります。接着剤の分量が適切でないと、正しく接着されずに空気が残ったままになり、一部が浮いてしまう可能性があるので、要領がつかめるまでは緊張が続きます。浮いてしまった場合は突き板にナイフで斜めに切れ目を入れて、注射器などを使って接着剤を流し込みます。


松の心材に対し、木目が交差する方向に最初の突き板を両面に貼ります。この上に、通常は心材と同じ木目方向で化粧板となる突き板を貼るのですが、表面に突き板で作った模様(様々な木目方向になる)を貼る場合は、まず斜め45度の木目方向で表面と同じ材を貼ります。木が温度、湿度で変化するのを少しでも緩和させる為のテクニックです。


アメリカのカリフォルニアにあるJames Krenov(ジェームス・クレノフ)のレッド・ウッド・スクール“College of the Redwoods Fine Woodworking”の校長先生が、マルムステン校へ見学に訪れました。クレノフはマルムステン校を出てしばらくマルムステンと共に働いた後、アメリカで家具製作の為の学校を開校しました。現在、クレノフは世界的な名声を受けている木工家ですが、マルムステン校のような学校を作りたいと考え、アメリカに学校を作ったのだそうです。


斜めに貼る突き板の準備中。奥の彼女はマホガニーの突き板同士を接着し終わっています。手前の彼はこれから白樺の突き板を準備するところです。


これは僕の作っているテーブルです。白樺の突き板を接着した後です。


はみ出している部分を切り落とし、大体の目安である円を書き込みました。


今回のリポートは3回に分けてご紹介いたします。来週をお楽しみに。

木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

木工留学記

 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!